2008年05月29日
照屋グスク
先日、カッチンジョウシにいったので、
南部糸満のグスク周りをおもいたった。
南部には規模は世界遺産のグスクとくらべてマイナーだが、
王府時代以前をしのばせるグスクが数多くある。
まずはということで5~6年前にいって以来のグスクに速攻いってきた。

県道7号線を南下して、途中右折して糸満照屋へ向かう。
その途中には、豊見城平良グスク、糸満武富グスク、豊見城ビングスク、
糸満アハゴングスク、南山グスクによれる。
欲張ってもしょうがない。
まずは「照屋グスク」に直行。
正面階段が、南山グスクを連想させるが、規模はそれほど大きくはない。

中の広場にはうがんじゅと按司墓がならんでいる。
背後はがけになっていて、そこには報得川がながれている。
「唐船グムイ」とかよばれていたともう。
交易船の船着場があったと聞く。
南部糸満のグスク周りをおもいたった。
南部には規模は世界遺産のグスクとくらべてマイナーだが、
王府時代以前をしのばせるグスクが数多くある。
まずはということで5~6年前にいって以来のグスクに速攻いってきた。

県道7号線を南下して、途中右折して糸満照屋へ向かう。
その途中には、豊見城平良グスク、糸満武富グスク、豊見城ビングスク、
糸満アハゴングスク、南山グスクによれる。
欲張ってもしょうがない。
まずは「照屋グスク」に直行。
正面階段が、南山グスクを連想させるが、規模はそれほど大きくはない。

中の広場にはうがんじゅと按司墓がならんでいる。
背後はがけになっていて、そこには報得川がながれている。
「唐船グムイ」とかよばれていたともう。
交易船の船着場があったと聞く。
Posted by 瓦屋根 at 16:10│Comments(0)
│文化
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