2006年09月30日
幻の麺!完成?
粟国にいる間、好きな私は、かなりの量の麺類を食った。
店の沖縄そばやラーメンはもちろんであるが、
自炊では、冷やしそうめん、ソーメンちゃんプルー、冷やしうどん、
スパゲティー、インスタントラーメン、支那そば、
普通にある麺はあるだけ食った。
その中で、意外にうまかったのが、乾麺の支那そばをかためにさっとゆでて、
だしのもととかつをだしをとった出し汁の、そば。
それに、トウバンジャンと、ごま油を少々いれた、瓦屋根勝手流そばは、安上がりの割には超うまであった。たまには庭先のチリびら―〈ニラ)やふーちばーもいれる。
それにアジをしめた、影の瓦屋根は足りない頭で、ついに新しいそばを編み出した。
さっぱりしているが、こしがあって歯応えのある、うどん
ちゅるちゅるとして、さわやかな、そーめん、
アルカリ性で体にもいい、ニホン蕎麦、
ねじれて喉越しがいい、ラーメン、
これらのすべての、いいところを贅沢にとり入れた麺を、ついに完成させたのである。
名づけて
じゃ~ん
うそらーめん!
う~ん。
4月1日だったら、許せるけど、
いまどきじゃ、脅迫メールがくるかな。。。
店の沖縄そばやラーメンはもちろんであるが、
自炊では、冷やしそうめん、ソーメンちゃんプルー、冷やしうどん、
スパゲティー、インスタントラーメン、支那そば、
普通にある麺はあるだけ食った。
その中で、意外にうまかったのが、乾麺の支那そばをかためにさっとゆでて、
だしのもととかつをだしをとった出し汁の、そば。
それに、トウバンジャンと、ごま油を少々いれた、瓦屋根勝手流そばは、安上がりの割には超うまであった。たまには庭先のチリびら―〈ニラ)やふーちばーもいれる。
それにアジをしめた、影の瓦屋根は足りない頭で、ついに新しいそばを編み出した。
さっぱりしているが、こしがあって歯応えのある、うどん
ちゅるちゅるとして、さわやかな、そーめん、
アルカリ性で体にもいい、ニホン蕎麦、
ねじれて喉越しがいい、ラーメン、
これらのすべての、いいところを贅沢にとり入れた麺を、ついに完成させたのである。
名づけて
じゃ~ん
うそらーめん!
う~ん。
4月1日だったら、許せるけど、
いまどきじゃ、脅迫メールがくるかな。。。
2006年09月30日
引退
国産旅客機「YS-11」の国内線最後の1機が引退らしい。
今やジェットの時代。
YSなんて、聞いたことも、見たこともないヒトがほとんどだろう。
1度だけのったことがある。
あ、違うな、3回か。
2回は久米島往復。
後の1回が宮古島から本島への帰り。
帰る前日に、さっこーチューハイを飲んでしまった。
起きたときには、持っているチケットのジェット便は、すでに那覇へ飛んでいた。
空港へ一目散に向かって、事情を話したら、このチケットで乗せてくれた。
その便がYS-11だった。
プロペラ音がうるさいが、助けられたのにグチはいっていられない。
久米島からだとあっという間だけど、宮古島からだと1時間半くらいだったかな?
今となっては懐かしい思い出だな。
今やジェットの時代。
YSなんて、聞いたことも、見たこともないヒトがほとんどだろう。
1度だけのったことがある。
あ、違うな、3回か。
2回は久米島往復。
後の1回が宮古島から本島への帰り。
帰る前日に、さっこーチューハイを飲んでしまった。
起きたときには、持っているチケットのジェット便は、すでに那覇へ飛んでいた。
空港へ一目散に向かって、事情を話したら、このチケットで乗せてくれた。
その便がYS-11だった。
プロペラ音がうるさいが、助けられたのにグチはいっていられない。
久米島からだとあっという間だけど、宮古島からだと1時間半くらいだったかな?
今となっては懐かしい思い出だな。
2006年09月29日
2006年09月29日
恐怖のカーラ屋ーならではの遊び
シーサーを壊した犯人探しはやめよう。
漆喰シーサーを直して、思い出したことがある。
カーラ屋ーならではの遊びである。
この遊びに名前があったか定かではない。
そして地域によってルールが微妙に違うかもしれない。
私のところではこういう遊びであった。
カンけり、ドッジボール、だるまさんがころんだ、の要素が複合的になったゲームだと思えばいい。
のだが・・・
道具は、野球ボール大のぷかぷかボール1個
人数は何人でもOK 7、8人くらいがいいかも。
場所は、カーラ屋ーの前庭
ルール
1.参加者にひとりひとりに1から番号をつける。
5人いたら、番号1,2,3,4,5がいることになる。
2.ボールを最初に持つひとを適当に決める。
3.最初にボールを持ったひとは、だれでもいい適当な番号を叫んで、屋根の上にボールを投げるの である。ただし、屋根に投げたボールは、必ず、前庭に転がって戻るように投げなければならない。
反対側にいったり、戻ってこなければ、投げたひとに罰点がつく。
4.番号を呼ばれたひとは、屋根から転がり落ちるボールを、地面に落ちる前にダイレクトで取らなければならない。
5.番号を呼ばれないひとと投げたひとは、鬼ごっこのように逃げる。
6.番号をよばれたひとがボールをダイレクトでキャッチしたら、別の番号を叫んで屋根に投げ返す。
屋根へのボール投げは誰かが落とすまで続けられる。
7.ボールを取れなかった場合は、ボールを拾い上げた瞬間に「ストップ」といって、逃げたメンバーの動きをとめる。
8.ボールを落としたひとは、自分に近いひとか、もしくは罰点を与えたいひとに、ボールを投げつけ当てるのである。
ボールに当てられたひとは罰点がつく。
ただしボールを投げつけられたやつは当てられないように、その場でかわしてもいいし、とってもいい。
その場合はボールを投げたたひとに罰点がつく。
9.この罰点の累積が取り決めた点数になったひとは「シケイ」と称する罰ゲームを受ける。
「シケイ」とは、対象者が壁に向かって、手を広げて十字型(はりつけ型)で立つ。
その他のメンバーは彼に向かって、ある一定の距離から思いっきりボールを投げつけるのである。
この「シケイ」には子供達の性格や好き嫌いがもろにでる。
やさしい子はあたらないように投げたり、嫌いな子や嫌われっ子はおもいっきりねらわれる。
ただ、面白いのは頭に当てたらだめと取り決めたら、頭にあてた子が逆に罰ゲームの対象になった
りするのである。
瓦屋根の葺き筋がボウリングのたくさんのレーンのようになって、投げたボールがどこから落ちるかわからないので、スリルがある。
ただ、大人ではもうだめだ、背が高くなって、ボールがどこから落ちるかわかるからつまらない。
子供だからこそ、ならではの駆け引きもあり、スリル満点と罰ゲームありの恐怖のゲームなのであった。
どこでの遊びだったかって? 〇〇〇はニッポンですか?
がっはっは・・・
もうわかるよね?
漆喰シーサーを直して、思い出したことがある。
カーラ屋ーならではの遊びである。
この遊びに名前があったか定かではない。
そして地域によってルールが微妙に違うかもしれない。
私のところではこういう遊びであった。
カンけり、ドッジボール、だるまさんがころんだ、の要素が複合的になったゲームだと思えばいい。
のだが・・・
道具は、野球ボール大のぷかぷかボール1個
人数は何人でもOK 7、8人くらいがいいかも。
場所は、カーラ屋ーの前庭
ルール
1.参加者にひとりひとりに1から番号をつける。
5人いたら、番号1,2,3,4,5がいることになる。
2.ボールを最初に持つひとを適当に決める。
3.最初にボールを持ったひとは、だれでもいい適当な番号を叫んで、屋根の上にボールを投げるの である。ただし、屋根に投げたボールは、必ず、前庭に転がって戻るように投げなければならない。
反対側にいったり、戻ってこなければ、投げたひとに罰点がつく。
4.番号を呼ばれたひとは、屋根から転がり落ちるボールを、地面に落ちる前にダイレクトで取らなければならない。
5.番号を呼ばれないひとと投げたひとは、鬼ごっこのように逃げる。
6.番号をよばれたひとがボールをダイレクトでキャッチしたら、別の番号を叫んで屋根に投げ返す。
屋根へのボール投げは誰かが落とすまで続けられる。
7.ボールを取れなかった場合は、ボールを拾い上げた瞬間に「ストップ」といって、逃げたメンバーの動きをとめる。
8.ボールを落としたひとは、自分に近いひとか、もしくは罰点を与えたいひとに、ボールを投げつけ当てるのである。
ボールに当てられたひとは罰点がつく。
ただしボールを投げつけられたやつは当てられないように、その場でかわしてもいいし、とってもいい。
その場合はボールを投げたたひとに罰点がつく。
9.この罰点の累積が取り決めた点数になったひとは「シケイ」と称する罰ゲームを受ける。
「シケイ」とは、対象者が壁に向かって、手を広げて十字型(はりつけ型)で立つ。
その他のメンバーは彼に向かって、ある一定の距離から思いっきりボールを投げつけるのである。
この「シケイ」には子供達の性格や好き嫌いがもろにでる。
やさしい子はあたらないように投げたり、嫌いな子や嫌われっ子はおもいっきりねらわれる。
ただ、面白いのは頭に当てたらだめと取り決めたら、頭にあてた子が逆に罰ゲームの対象になった
りするのである。
瓦屋根の葺き筋がボウリングのたくさんのレーンのようになって、投げたボールがどこから落ちるかわからないので、スリルがある。
ただ、大人ではもうだめだ、背が高くなって、ボールがどこから落ちるかわかるからつまらない。
子供だからこそ、ならではの駆け引きもあり、スリル満点と罰ゲームありの恐怖のゲームなのであった。
どこでの遊びだったかって? 〇〇〇はニッポンですか?
がっはっは・・・
もうわかるよね?
2006年09月29日
漆喰瓦屋根のある風景
主が不在の屋敷にもいくつかのパターンに分けられる。
そのひとつにかつては母屋があったのだが老朽化のため取り壊し、島に残るものはいないので、位牌を安置するために3、4坪の建物を建てる場合がある。
この写真がそうだ。
しかし長い間放置されているようで、屋根が壊れている。
親類、縁者たちが盆に帰省したら必ず屋敷内の雑草は刈り取られているのだがその様子はない。
ここの屋敷の子孫たちは島とのつながりがきれかかっている。
2006年09月28日
シーサーの災難
ずっと前から依頼があったのだが、急遽粟国島に行って帰るまで
手付かずだったシーサーの修理。
シーサーと家主さんには申し訳ないが、作業にも優先順位がある。
ここは3年前に漆喰塗り替えして、シーサーも補修・色直しをしていた。
4月に連絡があった。
普通台風でもこない限り、この時期にシーサーが壊れることはないのだが、何とも不可解だった。
今回やっと行くことができた。

シーサーは台座からきれいに取れてしまって、屋根から降ろされていた
まあ「壊れた」というレベルではない。
それにしても実物をみてみると、なぜ取れたのかがわからない。
重いから、よっぽどの衝撃があたったか、漆喰が劣化しない限り、取れにくいはずだが・・・
ぴんとくるのは、「シーサーどろぼう」。
古いかーら屋ーのシーサーは職人の手作りで、世界にひとつしかないものである。
これを珍しさのあまり、盗むやからがいるのである。
台座からはずしたのいいがこれが予想外に重たかったから(ほんとに重かった12、3キロ)、
運び出すのをあきらめたか?
あと考えられるのは、子供達が屋根にバスケットボールくらいのやつで遊んでぶつけた?
まあ、子供達であれば、しょうがないさ。
いくらでも修理するよ。
でも、どろぼうはねぇ・・・、あきれるというか、
カーラ屋ーと一体になっているのを見て楽しむべきなのにね・・・
手付かずだったシーサーの修理。
シーサーと家主さんには申し訳ないが、作業にも優先順位がある。
ここは3年前に漆喰塗り替えして、シーサーも補修・色直しをしていた。
4月に連絡があった。
普通台風でもこない限り、この時期にシーサーが壊れることはないのだが、何とも不可解だった。
今回やっと行くことができた。

シーサーは台座からきれいに取れてしまって、屋根から降ろされていた
まあ「壊れた」というレベルではない。
それにしても実物をみてみると、なぜ取れたのかがわからない。
重いから、よっぽどの衝撃があたったか、漆喰が劣化しない限り、取れにくいはずだが・・・
ぴんとくるのは、「シーサーどろぼう」。
古いかーら屋ーのシーサーは職人の手作りで、世界にひとつしかないものである。
これを珍しさのあまり、盗むやからがいるのである。
台座からはずしたのいいがこれが予想外に重たかったから(ほんとに重かった12、3キロ)、
運び出すのをあきらめたか?
あと考えられるのは、子供達が屋根にバスケットボールくらいのやつで遊んでぶつけた?
まあ、子供達であれば、しょうがないさ。
いくらでも修理するよ。
でも、どろぼうはねぇ・・・、あきれるというか、
カーラ屋ーと一体になっているのを見て楽しむべきなのにね・・・
2006年09月27日
隠れた名所
超ひさしぶりに、私のすきな「いっとまん」にいってきた。
以前から呼ばれていたのだが、やっといけた。
用を済ませ、帰る際に「座波豆腐」(できたて直売おいしいよ)を買って、
ダチョウに会いに行った。

あれ?
いつのまに「ホワイトホース」もいる。
ちょっとひんがーだけど、2頭もいる。

今日は「ホワイトホース」でも飲んでみよかな。
なんて、金欠だしな。
以前から呼ばれていたのだが、やっといけた。
用を済ませ、帰る際に「座波豆腐」(できたて直売おいしいよ)を買って、
ダチョウに会いに行った。

あれ?
いつのまに「ホワイトホース」もいる。
ちょっとひんがーだけど、2頭もいる。

今日は「ホワイトホース」でも飲んでみよかな。
なんて、金欠だしな。
2006年09月27日
いいたいことはこれだけ
http://sikkuikwarayane.ti-da.net/d2005-12-09.html
http://sikkuikwarayane.ti-da.net/d2005-12-14.html
http://sikkuikwarayane.ti-da.net/d2005-12-18.html
http://sikkuikwarayane.ti-da.net/d2006-01-30.html
http://sikkuikwarayane.ti-da.net/e662922.html#more
http://sikkuikwarayane.ti-da.net/d2006-02-11.html
http://sikkuikwarayane.ti-da.net/d2006-02-14.html
あれま、けっこうあるな。
でも、基本的に言いたいことはこんなもんです。
同日投稿のゆんたく記事は笑って見逃してね
このブログを始める前に実は、ホームページを作ろうとしていた。
予算はないので、もちろん無料HPである。
ブログは毎日でなくても定期的に継続していく限り、いいものだと思う。
ただ、自分のように言いたいことが絞られている場合は、
情報発信としての役割はHPがよいと思う。
私の場合、ブログを続けるには、言いたいことを知って見てもらうために、
手を変え品を変えて話を続けなければならない。
不定期的になれば、この程度のブログは忘れさられる。
ま、それでもいいのかもだけど。
HP作成は、公開はしないで、じっくり原稿をつくっていこうとしていたが、
やっぱり面倒であった。
考えすぎるより、まずはブログからやっちゃえ、
という気持ちで始めたのがこのブログであった。
ブログやってるうちに、サイトの未公開HP原稿は消滅。
また、粟国に行ったりでPCから離れているうちに、ブログを6ヶ月ほったらかし。
正直、残っていたのが不思議であった。
ブログを再開しようとしたが、このブログをお気に入りとかでマークしてなかったから、
探しきれない。
パスワード忘れてログインできないと、サイト内検索でも出てこない。
大きな声で言う気はないけど、このサイトで更新しないで埋もれているけど、
良いブログ結構あると思う。
あまり好きでない、ヤフー検索とグーグルで自分のブログを見つけたのが皮肉であった。
パスワードを探し出し、久しぶりに管理画面で確認した。
半年もほったらかしにしていたのに、きちんと見てくれるひともいるのだ。
ページビューのカウントが結構多い日もあった。
キーワード検索で漆喰や瓦等の「伝統」とかに興味がある人がたまたまみつけたときに、
過去の投稿まで読んでくれるらしい。
だから、ブログ開始時の思い入れを忘れないように、トラックバック記事にしました。
でもそろそろ、HP作成も再チャレンジしてみっか!。
http://sikkuikwarayane.ti-da.net/d2005-12-14.html
http://sikkuikwarayane.ti-da.net/d2005-12-18.html
http://sikkuikwarayane.ti-da.net/d2006-01-30.html
http://sikkuikwarayane.ti-da.net/e662922.html#more
http://sikkuikwarayane.ti-da.net/d2006-02-11.html
http://sikkuikwarayane.ti-da.net/d2006-02-14.html
あれま、けっこうあるな。
でも、基本的に言いたいことはこんなもんです。
同日投稿のゆんたく記事は笑って見逃してね
このブログを始める前に実は、ホームページを作ろうとしていた。
予算はないので、もちろん無料HPである。
ブログは毎日でなくても定期的に継続していく限り、いいものだと思う。
ただ、自分のように言いたいことが絞られている場合は、
情報発信としての役割はHPがよいと思う。
私の場合、ブログを続けるには、言いたいことを知って見てもらうために、
手を変え品を変えて話を続けなければならない。
不定期的になれば、この程度のブログは忘れさられる。
ま、それでもいいのかもだけど。
HP作成は、公開はしないで、じっくり原稿をつくっていこうとしていたが、
やっぱり面倒であった。
考えすぎるより、まずはブログからやっちゃえ、
という気持ちで始めたのがこのブログであった。
ブログやってるうちに、サイトの未公開HP原稿は消滅。
また、粟国に行ったりでPCから離れているうちに、ブログを6ヶ月ほったらかし。
正直、残っていたのが不思議であった。
ブログを再開しようとしたが、このブログをお気に入りとかでマークしてなかったから、
探しきれない。
パスワード忘れてログインできないと、サイト内検索でも出てこない。
大きな声で言う気はないけど、このサイトで更新しないで埋もれているけど、
良いブログ結構あると思う。
あまり好きでない、ヤフー検索とグーグルで自分のブログを見つけたのが皮肉であった。
パスワードを探し出し、久しぶりに管理画面で確認した。
半年もほったらかしにしていたのに、きちんと見てくれるひともいるのだ。
ページビューのカウントが結構多い日もあった。
キーワード検索で漆喰や瓦等の「伝統」とかに興味がある人がたまたまみつけたときに、
過去の投稿まで読んでくれるらしい。
だから、ブログ開始時の思い入れを忘れないように、トラックバック記事にしました。
でもそろそろ、HP作成も再チャレンジしてみっか!。
2006年09月27日
開運漆喰!?
昨日久々に、ムチ(漆喰)メーカーのY漆喰を訪れた。
漆喰を少し改良したのだが、感想を聞かせて欲しいという。
見て、触って、嗅いで、そして鏝(こて)で練ってみた。
まとわりつかず鏝離れもよい。
うん、なかなか上等である.
早く使ってみたいのだが、その前に営業!営業!
ところで、今日朝起きたら珍しく肩こりしている。
普段は腰なのだが、はてどうしてかな?と考えたら、思い当たった。
昨日Y漆喰にいる間に、那覇大綱曳きに使われたわら(綱)がトラック一杯に運ばれてきた。
今、綱は作成途中で、交換する部分を引き取ってきたらしい。
わら(=綱)は漆喰の大事な材料である。
それをトラックから引き降ろすのを少しおせっかい半分で手伝った。
たいした作業でもないのに、こったようだ。 としだな(ボソッ)
那覇大綱曳きの綱は、勝負が終わると、引いた人達が縁起担ぎのために持って帰る。
今回Y漆喰が引き取った綱はあのギネス記録のでかい本体から解体したものだから、
一般の人がもって帰れない部分である。
このわらで作られた漆喰が使われたカーラ屋ーは、開運向上間違いなし!
なんちゃって。
Y漆喰のAさん、ホームページ早く立ち上げるようにがんばりましょね!
漆喰を少し改良したのだが、感想を聞かせて欲しいという。
見て、触って、嗅いで、そして鏝(こて)で練ってみた。
まとわりつかず鏝離れもよい。
うん、なかなか上等である.
早く使ってみたいのだが、その前に営業!営業!
ところで、今日朝起きたら珍しく肩こりしている。
普段は腰なのだが、はてどうしてかな?と考えたら、思い当たった。
昨日Y漆喰にいる間に、那覇大綱曳きに使われたわら(綱)がトラック一杯に運ばれてきた。
今、綱は作成途中で、交換する部分を引き取ってきたらしい。
わら(=綱)は漆喰の大事な材料である。
それをトラックから引き降ろすのを少しおせっかい半分で手伝った。
たいした作業でもないのに、こったようだ。 としだな(ボソッ)

那覇大綱曳きの綱は、勝負が終わると、引いた人達が縁起担ぎのために持って帰る。
今回Y漆喰が引き取った綱はあのギネス記録のでかい本体から解体したものだから、
一般の人がもって帰れない部分である。
このわらで作られた漆喰が使われたカーラ屋ーは、開運向上間違いなし!
なんちゃって。
Y漆喰のAさん、ホームページ早く立ち上げるようにがんばりましょね!
2006年09月26日
伝統美、と思いたい。
この間の仕事の話の続きです。
破風板や鼻板が落ちていたり腐って瓦が落ちている以外に、瓦屋根面(ヒラ)の様子は写真のとおり。

塗り替えせず長い間放っておいたので、男瓦の繋ぎ目の節の漆喰がとれている部分がかなりある。

ひどいところは、瓦を置き換え節の間を詰めた。
漆喰のはがれた部分には、補強の意味でセメントを多めに入れた地ムチ(下塗り用)を塗る。
通常この作業は全体でたいした量ではない。
しかし今回は、弱った部分の漆喰をはぎ落し、地ムチ(下地)を塗る作業で4日かかった。
地ムチで瓦同士の繋ぎを強くし、本作業の上ムチ(上塗り仕上げ用)塗りで仕上げる。
男瓦と漆喰の縦の境目(ハーグチ)をできるだけ直線にするのが職人の腕の見せ所である。
瓦が恐らく戦前の手作りでなので、ごつごつしてなかなかてごわかった。

破風板や鼻板が落ちていたり腐って瓦が落ちている以外に、瓦屋根面(ヒラ)の様子は写真のとおり。

塗り替えせず長い間放っておいたので、男瓦の繋ぎ目の節の漆喰がとれている部分がかなりある。

ひどいところは、瓦を置き換え節の間を詰めた。
漆喰のはがれた部分には、補強の意味でセメントを多めに入れた地ムチ(下塗り用)を塗る。
通常この作業は全体でたいした量ではない。
しかし今回は、弱った部分の漆喰をはぎ落し、地ムチ(下地)を塗る作業で4日かかった。
地ムチで瓦同士の繋ぎを強くし、本作業の上ムチ(上塗り仕上げ用)塗りで仕上げる。
男瓦と漆喰の縦の境目(ハーグチ)をできるだけ直線にするのが職人の腕の見せ所である。
瓦が恐らく戦前の手作りでなので、ごつごつしてなかなかてごわかった。

2006年09月25日
食えませ~ん
うちなーんちゅでも幼い頃、海外沿いに自生するアダンに実るオレンジ色の大きな実を、
「パイナップル」と思っていたひとは多いのではないかな。
うまそーだけど、食えないよ~。
毒あるしが。
粟国島マハナ岬の真下に群生するアダンの葉の合間から絶壁を見上げて撮った。
もちろん、てっぺんは90メートル先。
「パイナップル」と思っていたひとは多いのではないかな。
うまそーだけど、食えないよ~。
毒あるしが。
粟国島マハナ岬の真下に群生するアダンの葉の合間から絶壁を見上げて撮った。
もちろん、てっぺんは90メートル先。
2006年09月25日
たまには仕事の話
粟国島での2件目の仕事です。その一部です。
あちこちの木が弱り、そのため一部瓦も滑り落ちていた。
その部分の瓦をはずし、
一番下段のはな瓦を支える弱った鼻板や破風板を取り外し、
あらたに木を加工、うちつけて、
葺きなおし。






ひとりでやるにはすこし面倒でした。
あちこちの木が弱り、そのため一部瓦も滑り落ちていた。
その部分の瓦をはずし、
一番下段のはな瓦を支える弱った鼻板や破風板を取り外し、
あらたに木を加工、うちつけて、
葺きなおし。






ひとりでやるにはすこし面倒でした。
2006年09月24日
粟国島からの持ちかえり
いまだから言うのだが、実はミーバイの魚汁をもらって食べたときに、
久しぶりの魚に大喜びで、つい食べ方がせっかちになり、
魚の骨を喉にかからせてしまった。
すぐさま、ご飯を飲み込んで落とそうとしたり、逆に箸やさじ、
おまけに指を喉に突っ込んで取ろうとしたがとれない。
繰り返していると、しまいにはげーげーして、吐き出す唾液からうっすらと血が出て来た。
うかつだった。
前科が過去にあったのである。
そのときはグルクンの小骨を喉奥にかからせ、耳鼻咽喉科にいってとってもらった。
看護士たちが私の周囲を取り巻いて様子を見ていたのであるが、
病気でもないのでとても恥ずかしかい思いをしたのである。
今回も早くに診療所にいったのだが、すでに患者がいっぱいいる。
雨だったがそのまま素通りして散歩した。
しばくしてまた来たら、患者さんはいない、よかったと思って、
窓口で看護士さんに症状の説明をした。
こっちは当然治療してもらえると期待していた。
ところがである。
喉の場所を聞いたとたんに、看護士は「難しいですね、前にも同じことがあったのですが、
取れなかったので、今回も取れないと思います」という。
まさか予想外の返答にこっちは、「できるかどうか先生に聞いてくれ」と懇願に近い形でお願いした。
そうして、看護士が聞いてきた返答は、「場所が奥なので、耳鼻科の専門医で内視鏡を使わないと無理」といわれた。那覇に帰るときにそこで受診してくれという。
思わず不愉快な喉元にまである言葉が出かかった、「や〇ーかー!」って。
なぜかというと、前回は今回と場所も同じで、医者は内視鏡など使わず、口を大きくあけて
ピンセットでとったのである。
だから頭はいいのであろうが、失礼ながら「〇〇か!」とおもってしまったのである。
あれから二週間経つが、まだ残っている。
どうしよう、耳鼻科行くべきか、それともそのまま持ったままにするか。
もう痛くないしな。
久しぶりの魚に大喜びで、つい食べ方がせっかちになり、
魚の骨を喉にかからせてしまった。
すぐさま、ご飯を飲み込んで落とそうとしたり、逆に箸やさじ、
おまけに指を喉に突っ込んで取ろうとしたがとれない。
繰り返していると、しまいにはげーげーして、吐き出す唾液からうっすらと血が出て来た。
うかつだった。
前科が過去にあったのである。
そのときはグルクンの小骨を喉奥にかからせ、耳鼻咽喉科にいってとってもらった。
看護士たちが私の周囲を取り巻いて様子を見ていたのであるが、
病気でもないのでとても恥ずかしかい思いをしたのである。
今回も早くに診療所にいったのだが、すでに患者がいっぱいいる。
雨だったがそのまま素通りして散歩した。
しばくしてまた来たら、患者さんはいない、よかったと思って、
窓口で看護士さんに症状の説明をした。
こっちは当然治療してもらえると期待していた。
ところがである。
喉の場所を聞いたとたんに、看護士は「難しいですね、前にも同じことがあったのですが、
取れなかったので、今回も取れないと思います」という。
まさか予想外の返答にこっちは、「できるかどうか先生に聞いてくれ」と懇願に近い形でお願いした。
そうして、看護士が聞いてきた返答は、「場所が奥なので、耳鼻科の専門医で内視鏡を使わないと無理」といわれた。那覇に帰るときにそこで受診してくれという。
思わず不愉快な喉元にまである言葉が出かかった、「や〇ーかー!」って。
なぜかというと、前回は今回と場所も同じで、医者は内視鏡など使わず、口を大きくあけて
ピンセットでとったのである。
だから頭はいいのであろうが、失礼ながら「〇〇か!」とおもってしまったのである。
あれから二週間経つが、まだ残っている。
どうしよう、耳鼻科行くべきか、それともそのまま持ったままにするか。
もう痛くないしな。
2006年09月23日
さよなら粟国島また来ます。
五月連休明けから今日まで、盆の一時帰省を除くと、四か月余りの滞在であった。
思えばいろんなことがあった。
梅雨の大雨で仕事がほとんどはかどらず悶々とした日々。
逆にあまりの暑さにふとぅふとぅーして、ひどい大雨が恋しくなったこと。
ねずみとのバトルでやっつけたのはいいが、台風の停電で足指をかまれる逆襲を受けたこと。
虫がいっぱいよってきたこと。
枯れ木枯れ葉を野焼きした時、一度に焚きすぎて炎が電線まで届きそうになってあわててバケツの水をかけたこと。
向かいの幼稚園生の女の子にオカマ呼ばわりされたこと。
すきなカレーを九回も作ったこと。しかも毎回大量に。
巨大きゅうり「もーうぃ」を大量にもらって調理に困ったこと
今となってはみんないい思い出となった。
港の待合室で斜め向かいの嫁さんと子供たちがいたので乗船前に声を掛けたが素っ気ない挨拶をしてしまった。
くどくど話すと視界がわるくなりそうだったからだ。
さよなら粟国島、でもまた来るさぁ。
これをもって粟国島からのモブログは終了します。
次回からは久しぶりのPCから投稿です。
2006年09月22日
蚊撃退!?
夕方集落を散歩していたら倶楽部(小字の公民館みたいなもの)から草刈り機のような音が鳴り出した。
蚊退治の薬剤を撒く噴煙機の音だ。
今年の夏から二度目である。
集落の一軒一軒を回って散布していくのだから屋敷中がスモーク状態となる。
おまけにフマキラーかばーがぷんぷんする。
自分のいた本島では駆除は下水に薬剤を撒いていたと思うが、ここでは下水は乾いて蚊の発生源にはなりにくい。
したがって蚊の隠れている周囲の福木並木などの屋敷林が散布の対象となる。
青年会のメンバーが数人でやっているのだが、マスクをかけていて結構慎重である。
こっちは住民票もないのに薬剤散布してもらった。
あわててお疲れ様の意味で缶ビールを数本わけたがもっと人数はいたらしい。
しばらくして屋敷の回りを歩いたら、「ぶ〜ん」と蚊が寄って来た。
ん?効き目あるのかな、と思ったら青年会のみんなに悪いので忘れます。
蚊退治の薬剤を撒く噴煙機の音だ。
今年の夏から二度目である。
集落の一軒一軒を回って散布していくのだから屋敷中がスモーク状態となる。
おまけにフマキラーかばーがぷんぷんする。
自分のいた本島では駆除は下水に薬剤を撒いていたと思うが、ここでは下水は乾いて蚊の発生源にはなりにくい。
したがって蚊の隠れている周囲の福木並木などの屋敷林が散布の対象となる。
青年会のメンバーが数人でやっているのだが、マスクをかけていて結構慎重である。
こっちは住民票もないのに薬剤散布してもらった。
あわててお疲れ様の意味で缶ビールを数本わけたがもっと人数はいたらしい。
しばらくして屋敷の回りを歩いたら、「ぶ〜ん」と蚊が寄って来た。
ん?効き目あるのかな、と思ったら青年会のみんなに悪いので忘れます。
2006年09月22日
ウタキ
粟国島には九つのウタキ(御獄)があるという。
字西集落の西のはずれ(古くはその一帯が発祥地らしい)の南北に走る断層があり、古代の海岸線だったらしい。
写真のウタキはその断層下にある。
いまいるかーら屋ーから歩いてすぐ近くにある。
一番目が向かって右側、次が左側である。
断崖は高さ20mほどで右側はひとが立てるほどのガマ(洞窟)になっており昔はそこから泉が湧いていたらしい。
左は突き出た断層が縦に割れ込んでいる。
そして岩をくりぬいた小祠がみえる。
本島南部のセーファーウタキ(斎場御獄)と規模は比較にならないほど小さいが、不思議な雰囲気が漂う空間である。
2006年09月22日
観音堂
「観音」堂なのだが中には仏像はない。
中に安置され拝まれているのは、梵字が刻まれた石碑である。
豊見城には梵字の石巌当があるが、ふたつともどういう理由で梵字なのか不思議だ。
ありがたい文字と思われたんだろうけど、どういうひとが持ち込んだのかとかいろいろ想像したらなんだかわからなくなってきた。
それがありがたいんだろな。
おれだけか(-.-;)
2006年09月20日
暑い粟国寒い粟国
暑い時は那覇より暑く、寒い時は那覇より寒いということらしい。
つまり暑い時は那覇が30度だったら粟国は31度か32度あるということになる。
たしかに七月初めの頃、外があまりにも暑くてかーら屋ーの中がまだましという気がしたのだが、それでも室内で34度の時があった。
ということはその時外は35、6度あったのだろう。
あんまり暑くてぶちくんしそうな時が何回かあった。
那覇で35度が出た日があったがそのときの粟国はさらに暑かったと思う。
昨日は夜中ひんやりしていたから、軒下に温度計をおいてしばらくしてみたら20度だった。
涼しいというより寒かった。
冬の寒い時期はどんな寒さかな。
風が強かったらさらに寒いんだろな。
今日のマハナ展望台に沈む夕日はなかなか幻想的であった。
2006年09月20日
主のいないかーら屋ー
大きな屋敷内には、今はご覧のとおり雑草が生い茂り、主はいない。
この家を建てた主はうちなーでいえば、ハマヤー(がんばりや)だったのであろう。
かつての牛小屋か馬小屋が広いコンクリート作りで、しかも農具などを納めたであろう倉庫も同じくコンクリート作りで大きい。
しかし母屋であるかーら屋ーの正面の瓦は、今は軒桁から下はきれいに落ちて、むき出しになった垂木にブルーシートをかぶせている。
(写真は後ろ側から撮影)
元の主の子供達はすべて島をでてそれぞれの場所で定住している。
たまたま盆の前後で本土から帰省していたひとりの息子さんに補修の見積もりを依頼された。
お互い無理のない数字を出したのだが音沙汰なしである。(正直請けても大変)
仕事がとれるとれないの返答は別にして、生家であっても定住者のいない家のことを、残された子供達で相談しまとめるは結構大変らしい。
それでもかーら屋ーは親族・縁者が来てくれるのを待っている。
と思う。
ほんとにそう思う。
2006年09月18日
台風の被害
昨日は台風一過で意外にもからりと晴れ上がっていたので、知人と島を回って見た。
島の南側は波はおとなしいが北側はサーファーが喜びそうなすごい高波だ。
粟国に直撃した場合の波を想像したらゾッとする。
島での被害といえば、停電があった。
夜十時前に停電して朝方五時前に復旧。
そのほか、停電中の夜中、真っ暗な仏間で寝ていたらねずみに足指をかじられた。
まあ傷はないけど、それにしてもわじわじーするな。




日本の地域ブログ大集合!津々浦々の美味い・楽しいがここに!
